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特別な相手は必要ではない 執筆:赤木あつし

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こんにちは!
幸せ実践塾塾長の赤木あつしです。
 
いつもは「リストラブログ」を書いていますが、今回は
「「神との対話」シリーズを読む」
というメルマガからお届けしますね。

「神との対話」の一部を引用しながら
内容を解説するシリーズ。

 

今回は第8章の2回目になります。

 

 

前回は、
すべての人間関係は自分のためにあり、
それを意図的に生かすようにという話でした。

 

 

ここで神は、
ロマンティックな男女関係について、
特化して話そうとします。

 

それは、男女関係こそが、
もっとも人間関係が濃厚に表れるからです。

 

男女関係と親子関係は、
人間関係の本質に迫る特別な関係だと
私も思います。

 

 

愛情関係が失敗するとき(中略)、
その原因はそもそも間違った理由で
関係を結んだことにある。
(p.165)

 

男女関係の破綻の原因は、
その関係を結んだ理由が間違っていたから、
と神は言います。

 

 

人間関係が失敗し、変化してしまうのは、
最初にその関係を結んだ理由では
関係を続けられなくなったときである
(p.165)

 

 

神は、このように言い換えた方が正確だ、
とも言います。

 

つまり、間違った理由で関係を結ぶと、
いつかその理由では関係を続けられなくなり、
破綻してしまうということですね。

 

 

 

では、
その「間違った理由」とは何でしょう?

ほとんどのひとは、相手との関係で
何を与えられるだろうかと考えるのではなく、
何が得られるだろうかと考えて、
関係を結ぶ。
(p.165)

 

 

つまり、「何かを得たい」がために
関係を結ぶことが間違いだということです。

 

そうではなく、
「何かを与えたい」というのが、
本来の理由なのだということです。

 

 

人間関係の目的は、
自分自身のどの部分を「明らかに」したいか
を決定することであって、
相手のどんな部分を把握し、
つかまえておきたいかを決めることではない。
人間関係の目的はひとつしかない--
それは、人生のすべてに言えることだ。
目的は、
ほんとうの自分は何者であるかを決め、
ほんとうの自分になること、それである。
(p.166)

 

 

繰り返しになりますが、
男女関係であっても同じことなのです。

 

人間関係の本来の目的は、
相手から何が得られるかではなく、
自分がどんな人間かを決めるためのもの。

 

自分が経験したい自分になるための、
ツールだというのです。

 

 

 

特別な誰かに出会うまでは、
自分は「何者でもない」と思うのは、
とても夢があるが、真実ではない。
それどころか、そう考えると、
相手にほんとうの自分とは違う
あらゆることを強いるという、
信じがたい圧力をかけてしまう。
(p.166)
 

 

少しわかりづらいですが、
「白馬に乗った王子様」が、
ここで言う「特別な誰か」です。

 

ソウルメイトとか、
赤い糸で結ばれた人なども同じですね。

 

特定の誰か素敵な人が現れると、
自分は恋に落ち、
運命の相手と愛情関係を結ぶ。

 

そういう考え方のことを言っています。

 

 

自分にとって
特別な何かを持った相手が必要だ
という考え方こそが、
本来の人間関係の目的を見失わせてしまう。

 

神はそう言っているのです。

 

 

 

では、
そういう特別な何かを求めていると、
どうなってしまうのでしょう?

 

「あなたを失望させたくない」ばかりに、
相手はほんとうの自分らしくない努力をし、
自分らしくない行動をしようとして、
やがてはそれに耐えられなくなる。
あなたの期待を満たせなくなる。
割り当てられた役割を演じられなくなる。
そこで、恨みが生じる、怒りが湧き起こる。
(p.166)

 

 

たとえば、活動的だった女性が、
束縛したがる男性と一緒になると、
こういうことが起こります。

 

本当は友だちと遊びに行ったりしたいけど、
彼氏がそれを禁止するからという理由で、
友だちと遊ばなくなります。

 

彼氏を失いたくないから。

 

そうやって、自分で自分らしさを殺し、
自分でないものになろうとします。

 

 

しかし、
そんなことは長く続けられません。

 

そこで恨みが生じます。

 

彼氏が許してさえくれれば、
自分はもっと毎日が楽しくなるのに。

 

 

自分を殺すことに耐えられなくなり、
少したがが緩むことがあります。

 

すると今度は彼氏が、
「あなたは変わってしまった」と言い、
不満を表すようになります。

 

こうして、2人の関係は
破綻へと突き進むのです。

 

 

 

人生に特別な相手が現れて
自分が満たされると感じる、
というのは非常にロマンティックだ。
だが、人間関係の目的は、
相手に満たしてもらうことではなく、
「完全な自分」--つまり
ほんとうの自分という存在をまるごと--
分かち合う相手をもつことだ。
(p.166)

 

 

特別の相手は必要ではありません。

 

しかし、他者が必要なのは
言うまでもありません。

 

私たちは、人間関係によって
自分自身を経験するのですから。

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88 赤木あつし

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